2017年7月16日日曜日

伝説の強風、Gorge、全米マスターズ選手権 2017

全米マスターズ選手権、初日のレースの一シーン

今年のレーザー全米マスターズ選手権(マスターズは参加資格が35歳以上のレース)は、7月7日から三日間、オレゴン州のGorgeで開かれました。Gorgeはポートランド空港からColumbia Riverに沿って車で約40分東に向かった所。この川は両側を山に挟まれ、熱せられた内陸側の砂漠に向かって太平洋側の冷えた空気が吹き込んでいく通り道、強風で知られる場所で、国際大会も多く開かれる高速ディンギーレースのメッカ。そしてこの大会は二日目の前半以外は風速10m/s以上のが吹き荒れ、このGorgeでも稀に見るほどの強風シリーズとなりました。レース委員長だったBill Symesさんが大会の翌日に参加者に送ったメールが、多くを物語っています。

"On behalf of the CGRA team, thanks again for coming out to sail with us. You survived what was perhaps the most epic weekend of Gorge sailing in memory! Something to tell your grandchildren about (some of us already have). Hope you had as much fun as we did! Wishing you a speedy recovery and looking forward to seeing you back in the Gorge soon, Bill Symes”

(Columbia Gorge Racing Associationのチームを代表して、私たちのレースに参加してくださったことに再びお礼を言わせていただきます。あなたたちはGorgeのセーリングの記憶の中でもおそらく最も壮大な週末を生き残られました。これは後々あなたがあなたの孫に語り継ぐような出来事だったことでしょう(私たちの中にはもう孫がいる方もおりますが)。あなたたちが私どもと同様にこのレースを楽しまれたことと思います!(疲れた体の)スピーディなご回復を、そして近い将来再びGorgeでお会いできることを期待しております。)


初日レース前、すでに沖では強い風が吹いていました
Gorgeで予想される強風に対してそれなりの練習と覚悟を持って乗り込んだ私でしたが、この風は予想以上でした。今回のレースではInternational Sailing Accademyからコーチを受けたのですが、初日のレース前の作戦会議で、「この状況ではレース戦略、戦術よりも、何よりも強風下でのボートハンドリングが一番重要。沈(艇が転覆すること)やOCS(スタード時のフライング)などの致命的な自滅ミスを避けること。そうすれば10番以内は固いはず。」と説明を受けました。それを言われるまでもなく、今回のレースでは、まずは安全第一、そして正確で安定したセーリング、を目指すこと決めていました。しかし結果はこの予想を上回る強風にぶっ飛ばされ、ヘロヘロで不安定なセーリング、になってしまいました。自滅ミスを連発したために、目標の10番以内には入れませんでした。


三日間のレース中の風速グラフ。10m/sは強風注意報クラスの風。最大風速は16m/sに達しました。
10m/sオーバーの強風の中をかっ飛ぶヨット。艇に当たって舞い上がった波はすぐに強い風に吹き流されてセーラーを襲います。
中ほどに私も写っていますが、風を逃しながら走っています

レースは、私の出たラジアル級、約30艇のうち、上位5艇はこの風の中でも的確な操船ができ、沈などのミスはほとんどなく、通常のレースモードでトップを争い合う。10艇くらいは風が上がりすぎるとレースを棄権。そして残りの半分の艇は、何回沈をしたかの差でほぼ順位が決まる、という展開でした。私はサバイバルレースになった時、沈を避けるセーフモードでの走りには自信がある方だったのですが、今回は1レース平均2回かそれ以上沈してしまいました。中には激しい沈もあり、一日目にはその衝撃でマスト先端に取り付けた風見はバラバラになり、マストにゴムでくくりつけた水筒はどこかにすっ飛びました。何年もヨットに乗っていますが、どちらも経験したことのないことでした。二日目には新しく買った風見を取り付け、参加賞でもらった水筒をより強くマストにくくりつけて出艇したのですが、三日目には再び強風で激しく沈をし、再び風見は折れ曲り、水筒は波間に消えて行きました。特にタックやジャイブの方向転換での操船ミスが目立ち、これはこれからの練習の課題となりました。

初日のレースでの風上への走り。オーバーパワーで艇が起こし切れていません。

特に印象に残った走りは三日目の最終レース、最後の風下マークに向かうレグ。バイザリー(通常と逆のセールの方向から風を流して走る走り方です)でプレーニング(滑走状態)してほぼ一直線にマークに向かっていたところ、とても強い風の塊が入ってきました。バイザリーの角度では風を逃すことできず、その風を受け止めて耐えてプレーニングを続ける。例えて言えば、ジェットコースタで猛スピードで滑り降りているんだけど、そのレールがガタガタで今にも脱線しそう。それをステアリング操作でギリギリ持ちこたえている感じ。普通であれば、耐えているうちにとても強い一時的な風は数十秒で途切れてくれるんですが、これが途切れない。耐えて、耐えて、耐えたのですが、最後耐え切れくなってティラーを押して切り上がって逃げたら、風下に吹き倒されて沈。未だかつて経験したことのない走りでした。あー、怖かった。「この風の中レースする選手もそのレースを運営するコミッティも変態なんじゃないの?、全く」と苦笑しつつ残りのレグを走り切って、全てのレースを終えたのでした。

三日目のレースのGPSログ。直線の緑の部分はダウンウインドでスピードが出ているところ

荒れ大会となりましたが、今回のレースでは、ちょっと嬉しいようなことが三つありました。一つ目。このレースには普段同じ海面で練習、レースするサンフランシスコ地区のセーラーも何人か参加しました。その一人がEmilio。彼は私より10歳年上で、サンフランシスコ地区でのローカルレースではほとんど常勝、昨年のマスターズワールドでも第7位になったヨットの名手。人柄も良くて面白く、いつも人を笑わせている陽気なイタリア人。彼はなぜだか私に一目置いてくれていて(多分「トシは練習熱心でなかなかいい」とでも思ってくれているのか)、私を見つけるといつも大声で「オーライ、トシー!」と声をかけてくれます。彼はヨットがとても上手いのですが、また賢明でもあり、決して無理はしない、というスタイル。朝から強風が吹き荒れていた一日目は、「おれは今日はやめておくよ」と早々と棄権を決めていました。一日目の3レースを完走してフラフラと戻ってきた私を見つけて寄って来てくれ、「オーライ、トシ、よくやったぞ、おれはお前を誇りに思うぞ!」と褒めてくれました。その彼は、二日目で本領発揮、第1レースで一位を取りました。岸に戻って「Emilio、すごいじゃん、おめでとう!」と言うと、「まあね、トシに見限られちゃいけないと思って頑張ったよ。この一番はトシへのプレゼントだ!」と言ってくれました。冗談半分だったと思いますが、最大級の賛辞と受け取り、とても嬉しく思いました。

いいところを見せられたのは風がまだ吹き上がる前の二日目の第1レース。このシリーズ最高の4位でフィニッシュ。

二つ目は二日目の第4レース。ヨットレースというのは基本的に相手よりも早くフィニッシュすることを競う競技。人を抜こう、人に抜かれまい、とし、そのための戦術というのも大きなウエイトを占めるほどです。しかしそのレースでは、結構差をつけていたと思ったセイラーが、アビーム(風に対して真横に走る)のレグで、突如風上側からのいい風に乗って素晴らしいスピードで追いついて来たのです。普段なら「こんちきしょうめ!」と思うような場面、しかしその時思わず口に出たのは、「ナイスラン!」という相手を賞賛する言葉。素直に「おー、いい走りだなあ」と感心したのです。彼も笑顔で「サンキュー!」と答えてくれ、そのまままた次のマークに向かって競争を続けて行ったのでした。普段レース中声をかけるなんて、「てめー、ルール違反だろうが!」「なんだと、お前こそ!」などという批難合戦ばっかりで、フレンドリーな言葉をかけるなんて初めてのことでした。「そうか、これがマスターズか!」、なんて思い、とてもいい気持ちになれました。

二日目の第2レース、ピンエンド側から珍しくベストスタートが切れたところ

三つ目は三日目の第2レース。風がもうかなり上がったこのレース、ゲートマーク手前で沈をしている艇があって、それを避けるための艇の間の混乱もあり、こちらがスターボ、相手がポートで艇が少し接触しながらマークに向かって下って走るというケースがありました。ヨットレースのルールではスターボ側の艇が権利があり、ポートの艇は接触を避ける義務があります。しかし「この風の中、彼もボートハンドリングに苦労しているんだろうなあ」と思い、軽微な接触だし、この強風下で360°のペナルティーターンをするのは大変だと思い、抗議はしませんでした。逆に「360°回らなくていいよ」と声をかけようと思ったぐらいでした。そして混乱を抜けてマークを回り、彼とはコースを分かれて行きました。レース後、岸に上がったら、その彼が寄ってきて、「あん時はごめんね。避けられなくてさ。念のため知らせておこうと思ったんだけど、360°、ちゃんと回っといたよ、おれ」と言ったのです。私は、「えっー、あの状況で回ったの? 大した接触じゃなかったのに?回らなくても良かったのに!」と驚き、感心し、「君はとても勇敢だなあ!」と褒めました。そしてお互いにがっちりと気合のこもった握手。

三日間、全10レース完走、I survived!

この三つの出来事に共通するのは「リスペクト」。同じ水面で競い合う者同士、お互いをリスペクトする、そしてルールをリスペクトしたフェアプレイ。今回のGorgeでの大会は、「ド」のつく「強風」ととともに、「リスペクト」というキーワードが記憶に刻まれる大会になったのでした。また、彼ら、彼女らと、次の大会で再会して再びフェアに競い合うことを楽しみにしています。

Gorgeの浜、ここから出艇します。豊かな自然に囲まれた美しい場所です

Sailing center隣接の公園も緑が深いです


表彰式

全イベント終了! 賑わった岸辺の艇も帰って行き、強者どもの夢の跡

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