2017年7月16日日曜日

伝説の強風、Gorge、全米マスターズ選手権 2017

全米マスターズ選手権、初日のレースの一シーン

今年のレーザー全米マスターズ選手権(マスターズは参加資格が35歳以上のレース)は、7月7日から三日間、オレゴン州のGorgeで開かれました。Gorgeはポートランド空港からColumbia Riverに沿って車で約40分東に向かった所。この川は両側を山に挟まれ、熱せられた内陸側の砂漠に向かって太平洋側の冷えた空気が吹き込んでいく通り道、強風で知られる場所で、国際大会も多く開かれる高速ディンギーレースのメッカ。そしてこの大会は二日目の前半以外は風速10m/s以上のが吹き荒れ、このGorgeでも稀に見るほどの強風シリーズとなりました。レース委員長だったBill Symesさんが大会の翌日に参加者に送ったメールが、多くを物語っています。

"On behalf of the CGRA team, thanks again for coming out to sail with us. You survived what was perhaps the most epic weekend of Gorge sailing in memory! Something to tell your grandchildren about (some of us already have). Hope you had as much fun as we did! Wishing you a speedy recovery and looking forward to seeing you back in the Gorge soon, Bill Symes”

(Columbia Gorge Racing Associationのチームを代表して、私たちのレースに参加してくださったことに再びお礼を言わせていただきます。あなたたちはGorgeのセーリングの記憶の中でもおそらく最も壮大な週末を生き残られました。これは後々あなたがあなたの孫に語り継ぐような出来事だったことでしょう(私たちの中にはもう孫がいる方もおりますが)。あなたたちが私どもと同様にこのレースを楽しまれたことと思います!(疲れた体の)スピーディなご回復を、そして近い将来再びGorgeでお会いできることを期待しております。)


初日レース前、すでに沖では強い風が吹いていました
Gorgeで予想される強風に対してそれなりの練習と覚悟を持って乗り込んだ私でしたが、この風は予想以上でした。今回のレースではInternational Sailing Accademyからコーチを受けたのですが、初日のレース前の作戦会議で、「この状況ではレース戦略、戦術よりも、何よりも強風下でのボートハンドリングが一番重要。沈(艇が転覆すること)やOCS(スタード時のフライング)などの致命的な自滅ミスを避けること。そうすれば10番以内は固いはず。」と説明を受けました。それを言われるまでもなく、今回のレースでは、まずは安全第一、そして正確で安定したセーリング、を目指すこと決めていました。しかし結果はこの予想を上回る強風にぶっ飛ばされ、ヘロヘロで不安定なセーリング、になってしまいました。自滅ミスを連発したために、目標の10番以内には入れませんでした。


三日間のレース中の風速グラフ。10m/sは強風注意報クラスの風。最大風速は16m/sに達しました。
10m/sオーバーの強風の中をかっ飛ぶヨット。艇に当たって舞い上がった波はすぐに強い風に吹き流されてセーラーを襲います。
中ほどに私も写っていますが、風を逃しながら走っています

レースは、私の出たラジアル級、約30艇のうち、上位5艇はこの風の中でも的確な操船ができ、沈などのミスはほとんどなく、通常のレースモードでトップを争い合う。10艇くらいは風が上がりすぎるとレースを棄権。そして残りの半分の艇は、何回沈をしたかの差でほぼ順位が決まる、という展開でした。私はサバイバルレースになった時、沈を避けるセーフモードでの走りには自信がある方だったのですが、今回は1レース平均2回かそれ以上沈してしまいました。中には激しい沈もあり、一日目にはその衝撃でマスト先端に取り付けた風見はバラバラになり、マストにゴムでくくりつけた水筒はどこかにすっ飛びました。何年もヨットに乗っていますが、どちらも経験したことのないことでした。二日目には新しく買った風見を取り付け、参加賞でもらった水筒をより強くマストにくくりつけて出艇したのですが、三日目には再び強風で激しく沈をし、再び風見は折れ曲り、水筒は波間に消えて行きました。特にタックやジャイブの方向転換での操船ミスが目立ち、これはこれからの練習の課題となりました。

初日のレースでの風上への走り。オーバーパワーで艇が起こし切れていません。

特に印象に残った走りは三日目の最終レース、最後の風下マークに向かうレグ。バイザリー(通常と逆のセールの方向から風を流して走る走り方です)でプレーニング(滑走状態)してほぼ一直線にマークに向かっていたところ、とても強い風の塊が入ってきました。バイザリーの角度では風を逃すことできず、その風を受け止めて耐えてプレーニングを続ける。例えて言えば、ジェットコースタで猛スピードで滑り降りているんだけど、そのレールがガタガタで今にも脱線しそう。それをステアリング操作でギリギリ持ちこたえている感じ。普通であれば、耐えているうちにとても強い一時的な風は数十秒で途切れてくれるんですが、これが途切れない。耐えて、耐えて、耐えたのですが、最後耐え切れくなってティラーを押して切り上がって逃げたら、風下に吹き倒されて沈。未だかつて経験したことのない走りでした。あー、怖かった。「この風の中レースする選手もそのレースを運営するコミッティも変態なんじゃないの?、全く」と苦笑しつつ残りのレグを走り切って、全てのレースを終えたのでした。

三日目のレースのGPSログ。直線の緑の部分はダウンウインドでスピードが出ているところ

荒れ大会となりましたが、今回のレースでは、ちょっと嬉しいようなことが三つありました。一つ目。このレースには普段同じ海面で練習、レースするサンフランシスコ地区のセーラーも何人か参加しました。その一人がEmilio。彼は私より10歳年上で、サンフランシスコ地区でのローカルレースではほとんど常勝、昨年のマスターズワールドでも第7位になったヨットの名手。人柄も良くて面白く、いつも人を笑わせている陽気なイタリア人。彼はなぜだか私に一目置いてくれていて(多分「トシは練習熱心でなかなかいい」とでも思ってくれているのか)、私を見つけるといつも大声で「オーライ、トシー!」と声をかけてくれます。彼はヨットがとても上手いのですが、また賢明でもあり、決して無理はしない、というスタイル。朝から強風が吹き荒れていた一日目は、「おれは今日はやめておくよ」と早々と棄権を決めていました。一日目の3レースを完走してフラフラと戻ってきた私を見つけて寄って来てくれ、「オーライ、トシ、よくやったぞ、おれはお前を誇りに思うぞ!」と褒めてくれました。その彼は、二日目で本領発揮、第1レースで一位を取りました。岸に戻って「Emilio、すごいじゃん、おめでとう!」と言うと、「まあね、トシに見限られちゃいけないと思って頑張ったよ。この一番はトシへのプレゼントだ!」と言ってくれました。冗談半分だったと思いますが、最大級の賛辞と受け取り、とても嬉しく思いました。

いいところを見せられたのは風がまだ吹き上がる前の二日目の第1レース。このシリーズ最高の4位でフィニッシュ。

二つ目は二日目の第4レース。ヨットレースというのは基本的に相手よりも早くフィニッシュすることを競う競技。人を抜こう、人に抜かれまい、とし、そのための戦術というのも大きなウエイトを占めるほどです。しかしそのレースでは、結構差をつけていたと思ったセイラーが、アビーム(風に対して真横に走る)のレグで、突如風上側からのいい風に乗って素晴らしいスピードで追いついて来たのです。普段なら「こんちきしょうめ!」と思うような場面、しかしその時思わず口に出たのは、「ナイスラン!」という相手を賞賛する言葉。素直に「おー、いい走りだなあ」と感心したのです。彼も笑顔で「サンキュー!」と答えてくれ、そのまままた次のマークに向かって競争を続けて行ったのでした。普段レース中声をかけるなんて、「てめー、ルール違反だろうが!」「なんだと、お前こそ!」などという批難合戦ばっかりで、フレンドリーな言葉をかけるなんて初めてのことでした。「そうか、これがマスターズか!」、なんて思い、とてもいい気持ちになれました。

二日目の第2レース、ピンエンド側から珍しくベストスタートが切れたところ

三つ目は三日目の第2レース。風がもうかなり上がったこのレース、ゲートマーク手前で沈をしている艇があって、それを避けるための艇の間の混乱もあり、こちらがスターボ、相手がポートで艇が少し接触しながらマークに向かって下って走るというケースがありました。ヨットレースのルールではスターボ側の艇が権利があり、ポートの艇は接触を避ける義務があります。しかし「この風の中、彼もボートハンドリングに苦労しているんだろうなあ」と思い、軽微な接触だし、この強風下で360°のペナルティーターンをするのは大変だと思い、抗議はしませんでした。逆に「360°回らなくていいよ」と声をかけようと思ったぐらいでした。そして混乱を抜けてマークを回り、彼とはコースを分かれて行きました。レース後、岸に上がったら、その彼が寄ってきて、「あん時はごめんね。避けられなくてさ。念のため知らせておこうと思ったんだけど、360°、ちゃんと回っといたよ、おれ」と言ったのです。私は、「えっー、あの状況で回ったの? 大した接触じゃなかったのに?回らなくても良かったのに!」と驚き、感心し、「君はとても勇敢だなあ!」と褒めました。そしてお互いにがっちりと気合のこもった握手。

三日間、全10レース完走、I survived!

この三つの出来事に共通するのは「リスペクト」。同じ水面で競い合う者同士、お互いをリスペクトする、そしてルールをリスペクトしたフェアプレイ。今回のGorgeでの大会は、「ド」のつく「強風」ととともに、「リスペクト」というキーワードが記憶に刻まれる大会になったのでした。また、彼ら、彼女らと、次の大会で再会して再びフェアに競い合うことを楽しみにしています。

Gorgeの浜、ここから出艇します。豊かな自然に囲まれた美しい場所です

Sailing center隣接の公園も緑が深いです


表彰式

全イベント終了! 賑わった岸辺の艇も帰って行き、強者どもの夢の跡

関連リンク






2016年5月20日金曜日

レーザー、マスターズ•ワールドへの旅 2016

メキシコ、ヌエボ•バジャルタの海での帆走
「メキシコでのマスターズ•ワールド、出てみようかな」、そう思い始めたのは、昨年の8月、サンフランシスコでのUSマスターズ、3日間にわたる強風レースでヘロヘロになった後、別れ際にピーターさんがかけてくれた「また来年のUSマスターズで会おう。いや、それともその前に、メキシコでかな?」という何気ない言葉からでした。(これに関してはここに書かせてもらいました。) ワールドでレースをするというのはレーザーを始めた頃からの夢。でもそれは自分には縁のないものと思っていたし、20年以上本格的なレースから遠ざかっていて、その夢さえも忘れかけていました。行ってみたいな。調べてみると、アメリカの選考基準ではその年のレース成績で順番に選ぶけれど、与えられた選手枠が一杯になるということは最近はなく、手をあげれば行かせてもらえそうだということが分かりました。となると、問題は、自分自身が頭に描いた「ワールドに出るための基準」に自分が達しているか、大会までに達することができるか、ということになりました。そしてワールドでの一番の目標を「全レースを完走し、大会を楽しむこと」に据え、レースを楽しむためには、たとえ風が強くてもそれに負けない体力をつけることだ、と考えました。

それからは、ハイクアウトベンチを工作し、朝1時間早く起きるようにして朝一のストレッチの後、ハイクアウトの練習。オフィスに出る前の1時間をジムでのヨガやコアトレーニングクラスに出る。前から続けていた週末の水泳の距離を伸ばす。Youtubeで上手い選手のフォームや、ロンドンオリンピック、W杯などのレースの映像を繰り返し見て、イメージトレーニング。(睡眠学習になることも多かったですが。) セーリングのブログなどからセーリング理論、戦略•戦術、新しい走らせ方などを学ぶ。そしてもちろん、なるべく多く海の上に出る。出られる練習会やレースは全て出るようにしました。出艇する前にはその日の課題を考え、帰って来た後には、良かった点、悪かった点などをノートにつけるようにしました。そうしていると、練習の成果は少しずつ目で見える形になり、「トシ、最近速くなったじゃないか」とセーリング仲間から冷やかされるようになり、レースでの順位にも現れてくるようになりました。うん、行けるかもしれない。そして大会に申込書を提出し、1月に入るとそれが正式に受理されたという連絡が入り、いよいよワールドが現実のものになりました。それからも各課題に重点を置いた練習を続け、ハイクアウトベンチでのハイクアウトも10分間できるようになり、メキシコに出発する前には、「うん、準備ができた」と思えるようになりました。

ハイクアウトベンチでのトレーニング
そして迎えたヌエボ•バジャルタでのマスターズ•ワールドは、期待を上回る素晴らしいものでした。トロピカルな気候、青い海と青い空、安定して吹く風、手際のいい運営、美味しいメキシコ料理、フレンドリーな人々。特にホテルとハーバーの立地条件が素晴らしく、ホテルの部屋を出て5分も歩いたら艇のバース。毎日のレースの後には「あー、今日も吹いたなー」と心地よく疲れて海から戻り、艤装を解除して部屋に帰り、手早くシャワーを浴びて、まだ日が傾きかけたばかりの部屋の外、バナナやヤシの木の生える庭を見ながらボトル1本のメキシコビール。これは間違い無くセーラーの楽園だなあと思いました。

夢の舞台、ワールドでのレース前の艤装風景
レースは安定した風が毎日吹きました。11時過ぎ頃から海風が吹き始め、それがだんだんと吹き上がって行って、それが5時頃まで続くというパターンで、多くのレースが7−8m/s前後の風の中で行われました。自分にはちょっと強めの風で、中•上位にはなかなか行けませんでしたが、トレーニングのおかげで、オーバーパワーになってヘロヘロになるということはなく、レース期間通してフルハイクを続け、集中力も維持することができました。途中ハイクアウトをサボりそうになると、「おい、トシナリ、それがお前のフルハイクか?真実のハイクアウトなのか?」という声が聞こえ、「おお、そうだった。まだいけるぞ!」と体を再び外に乗り出すのでした。1日2レースで、第1レースは軽風の中スタートするということも何回かありましたが、「待ってました、得意の軽風、おれの風!」と喜んでも、実は軽風はみんなが得意らしく、むしろ強風のレースよりも順位を落とすということもありました。

レース4日目、第2レース、上マーク回航前
そしてレース最終日。軽風で始まった第1レースは、メキシコの海の神様が、「タカヤナギくん、最後に君にプレゼントをあげよう。でもそれを生かすも殺すも君次第だよ」と言ってくれているようでした。ラインのややピンエンドよりからいいスタートを切って、上位集団に入り、周りのトップセーラーを見ながらも自分のセーリングでスピードを維持することに心がけて丁寧に走り、5位でフィニッシュすることができました。そして迎えた最終レース。風はいつものように吹き上がって8m/s強。レースを通して順位はあまり気にしていませんでしたが、2日目以降ずっとほぼ同じポイントで並んでいるニュージーランドのドナルド選手がいて、昨日くらいからちょっと彼もこっちを意識しているような雰囲気。吹いている風の中、台形コースの2回目の上マークを回るときにも、また彼とはほぼ同じ順位。それを得意のランニングのレグで少しリードして、「これで彼には勝ったな」と思ったのもつかの間、アビームのレグに入る前のマークでのジャイブで、メインシートがくるんと輪を描いてブームエンドに引っかかってしまった。「よりによってこんなときに!」艇を少し上らせてその輪を取る間にドナルド選手はすぐ後ろに迫る。勝負は最後の下マークからフィニッシュラインへの短い上りのレグへともつれ込みました。泣いても笑ってもこれが最後だ。その5分弱の上りは、渾身の力を込めての魂のハイクアウト。彼との差を少し広げて、近い側のコミッティボート側に飛び込んでフィニッシュ。そして、6日間、12レースの全てが終わりました。

レースが終わり、タイトリーチでかっ飛びながらハーバーに戻るとき、「えへへ、おれ、やったなあ」と最初は笑いがこみ上げてきたのですが、それはすぐに嗚咽に変わり、うわーん、うわーんと泣けてきたのでした。それはしばらく続きました。多分それは、5位を取れたからでも、ニュージーランド艇に競り勝てたからでもなく、100%自分の力を出し切った、という万感の思いから体の中からこみ上げてきたものだったと思います。


思えばこのワールドへの旅は、昨年の8月、「メキシコでのマスターズ•ワールド、出てみようかな」と思った時から始まっていました。そしてその大会が終わった今、「ワールドへの旅は全然終わっていない」と感じています。マスターズは同じ年齢層の人たちとレースをする。だから自然に同じ選手と次のレースでも顔を合わせることになり、それが続いていく。だから同窓会みたいになるんですね。もちろんレースではシビアだけれども、親交を深め、お互いにリスペクトを持ち合う。75歳以上のクラス、レジェンド•フリートの人たちなんて本当にすごいと思います。自分も、これからも長くヨットに乗り、世界中の仲間と走り合って、お互いかっこいいじいさまになれるように頑張りたいと思っています。(最後に、この大会に出るのをサポートしてくれた妻に感謝したいと思います。)

ワールドへ参加するきっかけを作ってくれたピーター•サイデンバーグさんとのツーショット

補足です
  • 今回のワールドでの写真を何枚かここにアップロードしました。
  • このYoutubeのビデオクリップは、レース4日目にたまたま私がインタビューされた様子が映っています。

2016年4月17日日曜日

シリコンバレーでのセーリングライフ & 2015 Laser US Masters Nationals




ゴールデンゲートをバックにセーリング(US Masters)
私は野比フリートでレーザーに乗っていたのですが、2001年にカリフォルニア州のシリコンバレーに引っ越して来たときには、コンテナに忍び込ませてそのレーザーも一緒に連れてきました。夏時間で日の長い5月から9月にかけては週一回水曜日の夕方に近くの全周2KmくらいのShoreline Lakeという小さな湖で練習をしています。朝、レーザーをトレーラーで引いて家を出て、会社を5時に終えると(出るじゃまをされないように、予定表は4時半以降ブロック!)、それから湖に向かいます。高速をほどほどに飛ばすと、5時半ころには湖到着。
トレーラーでShoreline Lakeに到着
水曜にはレース練習をするため、この辺りのレーザーセーラーが集まって来ます。多いときには10艇ほど、でも今年は集まりが悪くて4、5艇くらい。6時過ぎからレース開始。夏の間は北西の5ー7m/sくらいの風が安定して吹きます。スタートライン、上、下の小さなマークを打つのですが、水深が浅いのでアンカーロープも5mくらいしか要らず、設定はとても簡単。上下2周回って15分くらいというショートコースですが、それを5回ほどやると結構いい練習になります。夏至のころは日が沈むのは8時過ぎで、それまで練習。後片付けを終えるのは9時頃になってしまいますが、それでもまだ湖の周りには夕暮れの明かりが残っています。風も収まり、穏やかになった湖の夕暮れ時は、私の好きな時間です。自然の多い公園の中にある湖なので、暗くなってくると、野うさぎ、スカンク、たぬき、きつねなど、小動物たちが姿を見せてくれることがあるのも楽しみの一つです。その後、セーリング仲間で馴染みのメキシコ料理店へ寄り、ビール片手にブリトーを食べながら、今日のレースはどーだったの、あれはお前が反則だの、いやお前が悪かっただのと話を咲かせた後、やっと家路に着くのでした。艇を自宅に保管しておけて、平日の夕方、仕事の後に艇に乗りに行ける、というのは、とても恵まれた環境だと感謝しています。
Shoreline Lakeでのフリートレース
フリートレース後の着艇風景


と、普段は比較的穏やかなセーリングライフを過ごしている私でしたが、今年のUS Mastersは8月にサンフランシスコで開かれるということを知ってからは、「うーん、出てみよかなー」と心がざわつき始めたのでした。夏のサンフランシスコ湾と言えば風が吹くことで有名で、昨年はアメリカズカップも開かれた場所。当然波もかなりある。体が小さく、普段、順風、波のない湖面で乗っている自分には敷居がかなり高い。しかもレースは3日間。体力が持つか?実は何年か前にもサンフランシスコで開かれるレースに出てみようかという考えがよぎったことがあったのですが、その時は、「いや、ないない!」と即座に考えを否定したのでした。ただ、その時に、「まあいつかはやってみたいけどね」と思っていました。今回も「まあ、いつかね」と思いかけたのですが、「でも、いつかって、いつ?」 今年はレーザーにほぼ毎週乗っている。ヨガ、水泳も定期的にやっていて、体力もなくはないはず。艇も昨年マストホールの修理に成功して、水も全然入らなくなった。休みも取れる。今やらなきゃ、いつやる? というわけで、エントリー締め切りまでギリギリまで迷いましたが、出ることにしました。一週間くらい前からサンフランシスコの天気予報をずっと気にしていましたが、予報では、「午前中は軽風、午後から風は上がるけれども最高でも8m/sくらい」、というもので、こりゃ案外吹かないかも、うひょひょ、と内心期待していました。

スタートライン (US Masters)
で、レース初日、ハーバー到着。朝から全然吹いてるじゃん。。。 10m/sオーバー(゜Д゜;) 周りを見ると、セールにUSA、GBR、CAN、AUSなど国名のマークが入ったセーラーも多く、艤装、セーリングギアを見ても、気合の入ったおやじたちが集まっている様子。「だけど、こっちだって吹くと分かっていて来てるのだ。気合だって入ってるのだ!」、と口をキッと結んで出艇。カイトボードセーラーもあちこちですっ飛んでる中、レース開始。上りは当然艇を起しきれない。そしてチョッピーな波でバウを叩かれてすぐにスピードが落ちてしまう。うっわー、やっぱりしんどいなー。腕も太腿もプルプルしてくる。タック時にブームが頭にかなり強く当たったけれど、痛みを感じている暇もなし。下りではセンターケースから水が噴き出して来るのを久々に味わう。沈をすると体力も気力も消耗して危険なので、ひっくり返らないように全神経を集中してティラーを操作。もうちょっとバングを緩めたい、と思っても怖くて手が前に出せない。後ろにいるのは2、3艇だけ。こんな感じで3レース。ヘトヘトになりました。でも、下位争いをしている艇同士、すれ違う時に目が合うと、「あんたもこんな風の中よくやるねー、ははは」という感じでお互いニヤッと笑い合う、というのがなかなかいい感じでした。

二日目。朝、微風。湾にはカヤックが出てのんびりと進んでいる。当然レースはまだやらない。昼頃、軽風。「この風ならレースできるじゃん、やろうよ!」と叫んでも(心の中で)、コミッッティーは、やる気配、全くなし。無情にたなびく回答旗。結局1時過ぎ、ゴールデンゲートブリッジの方からドーンと風がやってきて、カヤックがカイトボードに代わる頃、レース開始。結局昨日と同じようなコンディションで3レース。この日は沈も一度してしまい、全くのビリにもなりました。でも参加することに意義があるのだ。

三日目。朝、起きると、体はあちこち痛むし、疲れで顔がむくんで土偶状態。今日はちょっと無理かなー、との思いも頭をよぎったけれど、ストレッチなどで体を整え、朝ごはんを食べるうちに、やれそうな気もしてきた。出艇してみると、体も、走らせ方も、ちょっとこの風に慣れてきたような感じもある。よーし、やったろうじゃないの、と半分やけっぱちで艇を走らせると、不思議とちょっと楽しいような気もしてきたぞ。よく整備された信頼できる艇で走れるのは気持ちもいい。結局、二日目と同じようなコンディションで3レース。成績はビリの方でしたが、サンフランシスコの強風の中、3日間全9レースを完走できたことに自分ではとても満足でき、大きな自信にもなりました。やってみて良かった。
前はサンフランシスコの街 (US Masters)

こうして私のこの夏の挑戦は終わりましたが、レースには、グランドマスターズ、ワールド11回優勝というピーターという選手も出ていました。体もそんなに大きくない。レース後、「こういう風、波の中、どうやって走らせているのですが?」と尋ねてみると、「やっぱり艇をフラットに保つことが大切だね。そのためには大きなシート操作、体の動きが必要。ハイクアウトで強く体を外に出すことはもちろんだよ。特に君は体が小さいんだから尚更だ。」「やっぱ、それですか。(楽して乗る方法はないのね)」「まあ、でも君も結構走ってたじゃないか。再来年、いや、来年かな、サンタクルーズ(これも家から2時間くらいの距離)でまたUSマスターズがあるから、そこでまた会おう。それとも、その前にメキシコでかな?」「えっ、メキシコ?ワールドのこと?? いや、それはないない。」
しかしその会話のしばらく後、「ワールドか、いつかは出てみたいなー。そう言えば野比の仲間とも昔そんな話してたな。。。でも、いつかって、いつ?」 というわけで、また心がざわつき始めているのでした。

早いもので、私ももう3年するとグランドマスターズになりますが、緑色の私の艇、Voyager Iもその頃には「マスターズ 」の歳になります。長い付き合い。学生時代、この艇に乗り始めてから海外の世界に眼が行くようになり、今私がシリコンバレーにいるのも、ある意味この艇との出会いがあったからだと思います。冒頭、「シリコンバレーにこの艇を連れてきました」と書きましたが、艇の方が私を世界のあちこちに連れて行ってくれた、という方が正確かもしれません。そして色々な人との出会いを作ってくれました。これからも一緒に長く走りたいと思っています。

2015年8月、シリコンバレーより。
旧野比フリート、現Shoreline Lakeフリート、高柳俊成

[この文章はレーザーニュース SEP./2015 No.222に載せてもらったものです]




フリートレース後に艇とツーショット